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浦和地方裁判所 平成6年(わ)194号 判決

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三六年三月、中学校を卒業し、オートバイ修理工場に勤めたり家業の菓子店手伝いなどをした後、昭和五六年一〇月、三菱信託銀行に就職し、同六一年四月からは五反田支店で店内案内係等をしていたものであるが、平成三年秋ころ、来店した顧客のFにキャッシュカードの使用方法を教えたことから同人と面識を持つところとなり、その後、女子行員から、同人が見すぼらしい身なりにもかかわらず同支店に多額の貸付信託を有していることを聞き知った。そして、被告人がFのためにキャッシュカードで預金の払戻をしてやったり、同人が間借りをするに際して保証人になってやったりするうちに、同人も次第に被告人を頼りにするようになった。

ところで、被告人は、以前より競艇やオートレースのギャンブルに強い関心を持ち、平成三年ころからは競馬に凝って次第に多額の現金を賭けるようになったが、自分の給料だけでは、妻に生活費を渡し、勤務先やその共済会から借り入れた自宅の改築資金等の月々の返済に充てるだけで精一杯で、右賭金を捻出できなかったことから、三菱信託銀行従業員が無担保で五〇〇万円まで融資を受けることのできる制度である「ローン五〇〇」から借入をしては、その金を競馬につぎ込むということを繰り返すようになり、同四年三月末以降はその借入累積額が右五〇〇万円の限度額一杯という状態が続き、遂にはサラ金からの融資にまで手を出すところとなった。しかるところ、同年一〇月ころ、被告人は、Fから、同人の実兄の病死によって相続した銀行預金の払戻手続をしたいが、うまくいかないので何とかしてほしい旨の相談を受け、その預金額が一六〇〇万円くらいあると聞き、前叙自己の金銭的窮状を解消すべく、右預金の払戻を受けることができたときは一〇〇〇万円を借り受けるとの約束を同人から取り付けてこれを引き受け、同年一二月、右払戻を受けることができたが、その額が約五八〇万円にすぎなかったため、翌五年一月、Fが三菱信託銀行に有していた二〇〇〇万円余の貸付信託を解約し、右約束の一〇〇〇万円を同人から借り受けた。被告人は、借り受けた一〇〇〇万円のうち約七〇〇万円を「ローン五〇〇」等の債務の弁済に充てたが、その余はすぐに競馬に費消してしまい、その後も多額の金を競馬に賭け続けたため、同六年一月末時点で、「ローン五〇〇」等からの借入累積額は七〇〇万円を超え、新たな借入はおろか、給料だけでは利息等の月々の返済もままならないほど追い詰められた状態になった。しかも、被告人は、Fから借り受けた右一〇〇〇万円の返済については、同人が被告人への貸付の事実を勤務先である三菱信託銀行に口外しないようにするためにも、同人の要求どおり月々約一〇万円程度の返済を続けていたが、その残債務がまだ約八五〇万円もあり、今後も同人に対する債務だけでもその支払を続けることは不可能な状況となっていたうえ、実姉から借りていた三〇〇万円を同年五月には返すことを同女に約束していた。これらの返済資金を捻出するため、被告人は、心当たりの知人に借金の申込をしたがことごとく断られ、他に金策の方途もなく進退極まった状態に立ち至ったが、そうした折、Fが居住先から転居を求められ、また、就職先を探していたことで同人から相談を受けたことから、これに尽力して恩を売って再度同人から借金をするしか右窮状を打開する道はないと真剣に考えるようになった。

被告人は、同年二月一二日午前一〇時にFと待ち合わせて一緒に転居先や就職先を探すという約束をしたが、同日昼近くまで寝過ごし、F方には電話がなく連絡の方法がなかったため、妻の叔母から借りた車で待ち合わせ場所と定めた三菱信託銀行五反田支店に行ったものの、既に同所にはFの姿が見当たらなかったことから、そのまま同人の居住するアパートに向かい、同日午後三時ころ、右アパートに到着した。被告人は、待ち合わせに遅れたことをFに謝罪するとともに、何としてもその日のうちに同人から金策したいと考えていたことから、転居先を探すことは時間的にも無理であったが、同人を食事に誘って就職先の希望を聞くなどして誠意を見せ、同人の歓心を買ったうえで借金の申込みをしようと考え、車で同人を連れだして五反田駅付近の寿司屋を探したが適当な店が見つからず、自分の住まいに近い埼玉県蕨駅付近であれば到着するまでに店も開くであろうし、途中にある戸田競艇場が以前に警備員の募集をしていたことを知っていたので、ついでにこれを紹介しようと蕨駅に向かい、同日午後七時過ぎころ、同駅前に到着した。被告人は、一刻も早くFから借金の了解を取り付けたいと焦っていたことに加え、雪の中をわざわざ出向いたことや就職先として戸田競艇場を案内したことなどを同人が好意に受け取ってすんなりとこれに応じてくれるのではないかと考え、食事の前ではあったが、右蕨駅前に停車中の車内において三〇〇万円の借用方を申込んだところ、同人が色好い返事をしなかったため、さらに同人に対し、前日に腕時計等を質入れして六〇万円を借りざるを得ないほどに困っている旨を訴えたり、前叙同人が実兄から相続した預金の払戻に尽力したこと、借家の際には保証人になったことなどをも持ち出し、何とか借金の了解を得ようと一時間以上も頼み続けた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、右のとおり、同日午後七時過ぎころから、蕨駅前に停車中の車内において、前叙自己の借金の窮状を打開するには、Fから新たに金を借りるしか方法はないものと思い詰め、そのため同人に対し、長時間にわたり執拗に借用方を懇請したが、予想に反して同人からは色好い返事が得られなかったばかりか、かえって不快の念を抱かせ、同人が目をつり上げるなどこれまでに見たこともない形相となって全く口も利かなくなったことから、週明けにも借金の事実を勤務先の上司に暴露されるのではないかと不安になるとともに、同人から新たに金を借り受けることはもはや不可能であることを思い知らされるに至った。そして、被告人は、Fから金を借りられないとすれば、借金の返済が不可能となるばかりではなく、いずれは同人からの借金の事実が同人によって上司に告げ口され、信用を重んじる勤務先からは解雇され、ひいては自己の家や土地を失うことになって身の破滅に至るなどと深刻に思い悩むうち、いっそのことFを殺害し、同人が持ち歩いている現金、預金通帳等を手に入れれば、同人に対する借金の事実が勤務先に暴露される心配がなくなるばかりでなく、同人への残債務約八五〇万円も免れることができ、にっちもさっちも行かなくなった現在の金銭的窮状を凌ぐことができるとの考えを抱くようになった。

被告人は、同日午後八時三〇分ころ、Fを車の助手席に乗せたまま、右蕨駅から東京方面に向けて出発し、前叙F殺害の決心がつかないままあれこれ思い悩みながら、同日午後九時前ころ、戸田橋を渡って東京都板橋区内に至り、国道一七号線から少し脇道に入った路上に駐車し、同車内でFに対し休憩と称して同人に仮眠を取らせたが、そのころ、同人に対する借金の事実が勤務先に暴露されることを封じるとともに、金銭的窮状を打開するため、同人からの借金の返済を免れ、かつ、同人の所持する現金、預金通帳等を奪う意思の下に同人殺害を決意するに至った。その後しばらくしてFが目を覚まし、同所が人通りも多く、殺害場所としては不適当であったことから、被告人は、戸田競艇場に向けて出発し、同日午後一一時ころ、埼玉県戸田市戸田公園五番五号先の戸田漕艇場付近路上に至って車を停め、Fには翌朝自宅に送り届けると虚言を弄して仮眠を取らせたうえ、殺害方法としてタオルや自動車のブースターケーブルによる絞殺を考えたが、助手席で寝込んでいる同人のネクタイが弛んでいるのを目にし、そのネクタイで同人を絞殺することに決め、翌一三日午前二時二〇分ころ、同車内において、殺意をもって、右ネクタイで二度にわたって同人の頚部を強く絞めつけ、よって、そのころ、同車内において、同人を窒息死させて殺害し、前記債務の返済を免れるとともに、車で同県川口市青木五丁目二一番一所在の川口小型自動車競争場第一駐車場まで移動したうえ、同日午前三時三〇分ころ、同所に停車中の同車内において、同人所有にかかる現金約五万一〇〇〇円及び同人名義の預金通帳二通ほか三点を強取した。

第二  被告人は、右犯行後の同日午前三時三〇分ころ、右犯行場所からFの死体を乗せたまま車を運転して前記川口小型自動車競争場第三駐車場内来賓用仮設駐車場まで移動させ、同所において、同人の死体を車から降ろして放置し、もって、死体を遺棄した。

(証拠の標目)〈省略〉

(強盗殺人の犯意の有無について)

弁護人は、被告人は被害者から借金していることを勤務先の銀行に口外され、その結果首になって職を失うことを恐れて被害者殺害に及んだものであって、被害者に対する借金の返済を免れたり、同人の所持する現金、預金通帳等を奪う目的で殺害したものではないから、殺人罪と窃盗罪に問擬されるにすぎないと主張するので、以下、右の点について検討を加える。

先ず、被告人の本件各犯行についての供述経過と概要についてみると、関係証拠によれば、被告人は、平成六年二月一三日夜、被害者の身元を確認してほしいと川口警察署に同行を求められたが、その後まもなく被害者殺害を認め、殺害後に被害者から取った預金通帳等は自宅にあると話したことから警察官とともに帰宅し、警察官が被害品を確認した翌一四日午前五時六分、金品強取の目的で被害者を殺害して現金、預金通帳、印鑑等を奪ったという強盗殺人及び死体遺棄の容疑により緊急逮捕されたこと、同日作成された弁解録取書では、右被疑事実を全て認めたが、被害者には金を貸していたと述べ、同日付けの被告人の上申書及び司法警察員に対する供述調書においても、ほぼ同様の供述をし、被害者が借金を返してくれないので、その通帳や印鑑等を取って金を引き出して使おうと思い被害者を殺した旨述べたこと、同月一五日、前記同旨の被疑事実で勾留されたが(なお、被告人は公判廷において、同日被告人の依頼により裁判所から当番弁護士へ連絡がなされた結果、接見に訪れた当番弁護士から余分なことは話さないように言われたと供述している)、同日付けの検察官に対する供述調書では、被害者を殺して通帳等を取ったことと死体遺棄の事実は認めたものの、金や物を取るために殺したのではないと強盗殺人の犯意を否認し(このとき被害者に金を貸していたとの弁解はなお続けている)、裁判官の勾留質問に対しても同様の供述をして強盗殺人の犯意を否認したこと、ところが、翌一六日、川口警察署での取り調べにおいては、被害者が借金を返してくれないので、殺してでも金を返してもらおうと思って被害者を殺害し、その通帳や印鑑等を取ったとの従前の強盗殺人の犯意を認める供述に戻り、その後、同月二〇日付けの上申書で、被害者に金を貸していたのではなく、逆に一〇〇〇万円を借りていたことを初めて供述したうえ、さらに三〇〇万円の借金を申し込んだが断られ、このまま被害者を帰せば借金のことを勤務先に話されて身の破滅だし、一〇〇〇万円の借金をないものにしたうえ、その預金通帳等を奪って預金を引き出そうと考えて被害者を殺したとの起訴状記載の公訴事実とほぼ同一の内容を述べ、以後、警察官及び検察官の取り調べにおいて、一貫して同旨の供述をなし、同年三月四日、強盗殺人・死体遺棄の公訴事実で起訴されるに至ったこと、同年四月二六日、第一回公判期日の公訴事実についての被告人の陳述においては、右公訴事実を全て認め、審理に当たって何か希望することはないかとの裁判長の求めに対し、早く裁判を終わらせてほしい旨述べたこと、しかるに、同年五月二七日、第二回公判期日の被告人質問において、被害者を殺害し、その後被害者の預金通帳等を取ったことは認めたが、被害者に対する債務の返済を免れ、その預金通帳等を奪うために殺害したのではないと述べ、以後、強盗殺人の犯意を争っていることが認められる。

そこで、以上の各事実を前提として、強盗殺人の犯意のもとに被害者殺害に及んだ旨を認める被告人の検察官に対する平成六年三月三日付け(以下、「検面調書〈1〉」という)及び同月四日付け(以下、「検面調書〈2〉」という)各供述調書の供述内容の信用性について考察する。

まず、検面調書〈1〉によれば、被告人は、本件被害者殺害を決意するに至った経緯等について、「私は長時間にわたって金を貸してくれと頼みましたし、けんか腰で他の銀行にも積んであるだろうからおろして貸してくれという余計なことまで言ってしつこく頼みましたのでFさんがいい気持ちでいる訳がないと思いました。そのためFさんが私の勤め先に行って課長達に私に金を貸していることなどを話すのではないかと心配になりました。客から借金をしていることが勤め先に分かってしまえば勤め先の上司からは『すぐ返せ』と言われるでしょうが返す金などありませんでした。そうなれば勤め先は銀行ですので信用を大事にして私を首にしてしまうと思いました。そうなればローンを返せなくなり、私は家も土地もなくしてしまうことになります。Fさんが私への一〇〇〇万円の貸しのことを勤め先に話すと言ってきた訳ではありませんが私は自分で考えてもあまりにもしつこく借金を頼んだのでもしかしたらFさんが話すかもしれないと心配になってしまったのです。またFさんには身寄りがないことを知っていました。Fさんが身寄りもなくFさんを相手にする人もいないので私を頼りにしてきて保証人のことを頼んできたりシティバンクのことを頼んできたりしていたので私への一〇〇〇万円の貸しのことはFさんはこれまで誰にも話していないと思っていました。」、「一〇〇〇万円の借用書もないのでFさんを殺してしまえばこの一〇〇〇万円の借金を知る人はいなくなり、返さなくても良くなると思いました。それに私はこの日金が欲しくて金を借りるためにFさんと会っていたのです。もうにっちもさっちもいかないのでどうしても金が欲しかったのです。それで必死になって借金をFさんに頼んだのですがいい返事が貰えませんでした。それでFさんが金や通帳をいつも持ち歩いているのを知っていましたので金欲しさから殺して金や通帳を取ってやろうという気持ちになってしまいました。」と述べ、また、検面調書〈2〉によれば、「私は殺し方としてはFさんの首を絞めることしか頭に浮かびませんでした。車には工具も積んであるのでしょうが、工具で殴り殺すというようなことは思いつきもしませんでした。どうやって首を絞めようかということだけをさんざん考えたのです。運転席ドアのポケットに黄色いタオルがありましたのでそれで殺せないかと思い、そのタオルを取り、自分の首に巻いて試してみました。首の前でタオルを一回結んでみましたが、そうすると端が短くなり、しっかりと握れないので、これでは強く引っ張るだけの力が入らないと思いました。それでタオルでは短くてだめなので首からはずし、半分に切ったらどうかとも考えましたが、それでもダメだろうなと思いタオルはもとに戻しました。それからも何を使おうかと考えました。トランクの中を見れば適当なものがあるかもしれないと思い、トランクを見てみることにしました。運転席の右下にあるレバーを引いてトランクを開けました。そしてFさんを起こさないようにそーっとドアを開けて閉め、トランクの所へ行きました。トランクの中を見るとダンボール箱があり、その中を見るとブースターケーブルがありました。他には適当なものはありませんでした。ブースターケーブルは赤色のものと黒色のものがこんがらがっていましたので、私はそれをほどいて黒色の方を手に持ちました。ブースターケーブルは長さが一メートル以上もあり、中に銅線が入っていて丈夫なのでこれなら首を絞めて殺せると思ったのです。私はトランクを静かに閉め、ドアも静かに開け閉めして運転席に戻りました。そしてブースターケーブルが汚れていたので先程のタオルでふきました。汚れをふいたのは手が汚れると考えたからだと思います。それからこのブースターケーブルでどういう風に絞めようかと考えました。ケーブルを両手に持って一重の輪にしてみたり、二重の輪にしてみたりしました。また、先端を輪にして引っ張れば輪が絞まるようにしてみたりもしました。いろいろ試してみました。どうしようかと考えながら三〇分か一時間もケーブルをいじっていたように思います。いろいろ試してみたのですがケーブルをFさんの首に巻きつけるにはFさんの頭を持ち上げなければならないし、そうすればFさんが目を覚ましてしまうと思ったのでケーブルで首を絞めるのは難しいと思いました。私はFさんが寝ている間に絞め殺すつもりでいました。起きている人間を殺すだけの勇気はありませんでした。そしてどうしようかとFさんの方を見た時、Fさんが首に巻きつけていたネクタイが目に入ったのです。Fさんは助手席であおむけに寝ていたのですが締めていたネクタイを結び目から抜いて外してありました。Fさんの右の方にネクタイの細い方があり、左の方にネクタイの太い方があったのですが太い方には結び目がほどかれずに残っていました。その結び目から細い方を抜いてネクタイの両側を胸の上にたらしている状態でした。私はそのネクタイを見てこのネクタイで首を絞めて殺せばよいと思いました。それでケーブルはもういらなくなったのでトランクに戻すことにしました。ドアを静かに開けてトランクのダンボールにケーブルを戻してからまた運転席に戻りました。Fさんを起こさないように静かに行動しました。運転席に戻ってからネクタイで首を絞める準備にとりかかりました。右側の細い方が短かったのでそれを引っ張って左右同じ長さにすることにし、まず右手でネクタイの左側を引っ張って結び目をほどきました。Fさんを起こさないようにそーっと引っ張って結び目をほどきました。右手をネクタイの左側から放したかどうかは覚えていませんが次に左手でネクタイの右側をそーっと引っ張って左右を丁度同じ長さにしました。左右が同じ長さでないと絞めにくいと思ったので同じ長さにしたのです。これで殺す準備ができました。私は後は本当に殺すだけだと思い、そこで深呼吸して車の時計を見ました。丁度二時二〇分でした。この場所に着いてから、殺し方をさんざん考えていましたので三時間以上も経っていたのです。私は時計を見てすぐもうやらなくちゃならないと思い、Fさんのネクタイを両手で持ってFさんの首の前で一回交差させて結びました。結んだのはその方が良く絞まると思ったからです。また、以前に父から戦争中の話として人間は死ぬ時は相当暴れると聞いたことがありましたので首を絞めればFさんが暴れるのではないかと思っていたのです。Fさんが暴れてもネクタイを一回結んで絞めていればネクタイが首からはずれることなく絞めることができると思っていました。ネクタイを一回交差させて結んだ後、私は早く死んでくれと思いながらそのネクタイでFさんの首を一気に力一杯絞めつけました。」、「左手は拳にしてFさんの首のすぐ近くでネクタイをしっかりと握ってネクタイが動かないようにし、ネクタイの細い方を持った右手を思い切り伸ばしてFさんの首を一気にきつく絞め、そのまま絞め続けたのです。私は俯せの状態になっており左肘の辺りでFさんの右肩の辺りを押さえるようにしており、また伸ばした右手を下の方に下ろしてネクタイを引っ張りながら右肘の辺りでFさんの左胸の辺りを押さえ、Fさんが動かないようにしていました。私は死んでいくFさんの顔を見るのは嫌でしたので目をつぶったまま暴れないで早く死んでくれと思いながら絞め続けました。Fさんは私が絞め続けていると三回位うーとうなりました。体も少し動いた感じがありましたが、思っていた程には暴れませんでした。」、「Fさんは三回目位にうーとうなった後は、うならなくなりました。私はずっと絞め続けていましたが、Fさんがうなりもしないし、体も動かなくなったので死んだと思いました。それでネクタイから手を放して運転席に戻りました。どれ位の間、首を絞め続けていたのかは夢中でしたので分かりませんが自分としてはだいぶ長い間絞めていたように思っていますので一〇分位も絞め続けたような気がしました。絞めるのをやめてからネクタイをFさんの胸の前に戻した気がします。私は顔を見るのが怖かったのでネクタイから手を放す時や運転席に戻る時にも、Fさんの顔を見ないようにしました。運転席に戻り、シートを起こしました。とうとう人を殺してしまったという思いが頭に浮かびました。そして死体をどこに捨てようかと考え始めました。それを考えているうちにFさんの左手が少し内側に動くのが見えました。それと同時にFさんの右膝が上の方に少し動きました。それを見てびっくりすると同時にまだ死んでいないと思い、急いでネクタイを両手に持ち一回目と同じようにFさんの首を絞めました。この時は一回目の時より首に近い所でネクタイを握ったと思います。左手で握ったネクタイをFさんの首のすぐ右側で拳にして押さえ、右手を伸ばしてFさんの首を絞めました。絞める時にネクタイを自分の手に巻いて持ったかどうかは覚えていませんが本当にこれで死んでくれと思いながらネクタイが切れてもかまわないという程の気持ちで思い切り首を絞め続けました。どれ位の時間絞め続けたのか分かりませんが完全に死んだと思うまで思い切り絞め続けました。そしてFさんが全然動かないし、声も出ないのでもう死んだと思い、絞めるのをやめました。ネクタイが左右に広がったままではおかしいのでネクタイを胸の上に戻しました。それからFさんが本当に死んだかどうかを確かめるためFさんの顔を見てみました。するとFさんは目をつぶり舌を口から出していました。それで今度こそ本当に死んだと思いました」、「私はFさんがいつも通帳や現金を持っていますのでこの日も持っていると思っており、殺した後でそれを取るつもりだったのですが、殺したあとすぐ、Fさんの服をさぐって金や通帳を探す気にはなれませんでした。Fさんの体に触るとFさんがまた生き返るような気がして怖かったのです。また、Fさんを殺した場所からすぐ離れたいという気持ちになりました。殺した場所に他に人がいた訳ではなかったのですが、殺した場所にいるのが嫌で、とにかく早くそこを離れたかったのです。」、「人を殺すと車も自由に動かなくなるのかと思い、神の意思のようなものを感じ、この場所から出られないんじゃないかと恐怖を覚えました。」、「最初にFさんの腹の上にビニール袋入りの茶封筒がありましたので、その中に何か目ぼしい物があるかもしれないと思い、その上にのっていたFさんの右手を持ち上げてその茶封筒を取り、後部座席に置きました。」、「それから左手でFさんの背広の右側のポケットを上から触ってみたところ、胸の内ポケットには何もないようでしたが外ポケットに固い物が入っているのが分かりました。外ポケットに手を入れようとしましたが、背広の前のボタンがはまっていてポケットもきつくなっていたのでそのボタンをはずしてからポケットに手を入れ、中の物を出しました。するとそれは薬瓶であり他にティッシュと広告紙、小さなドリンク剤がありました。次にズボンの前側のポケットをさぐるとそこに印鑑ケースに入った印鑑があり、それを後部座席に置きました。それからズボンの右後ろポケットをさぐると通帳ケースがありました。そのケースを取り出すと丁度ケースが開いたので見てみると現金と通帳がありました。目当てのものが見つかったのです。現金はそこですぐ抜き取り二つ折りにして自分のジャンバーの右前のポケットに入れました。通帳はケースごと後部座席に置いておきました。私はこのようにFさんの服をさぐるときは、Fさんの顔を見ないように、自分の顔をそむけ、左手でFさんの服をさぐっていました。ですからFさんの右側のポケットしかさぐりませんでした。まだFさんのアパートの鍵がなかったのでそれが左側のポケットにあるかもしれないと思いましたが、もう目当ての通帳も現金もあったのでもういいと思いました。」と述べているが、右被告人の供述内容は、本件犯行状況はもとより犯行前後の事情や被告人の行動をも含めて詳細かつ具体的であって、前叙逮捕の際の弁解録取書から二月二〇日付け上申書によって被告人が被害者から借金をしていたことを自供するに至るまでの供述にみられるような、意図して虚偽の供述をしている箇所がないことは勿論、関係証拠に照らしても特に供述内容の信用性に疑問を抱かせるような箇所は何ら存在しない。そして、被告人の捜査段階における供述経過及び供述内容を子細に検討してみると、本件被告人の捜査段階の取り調べの方法は、基本的に被告人が任意に述べるところをそのまま調書にし、あるいは上申書として提出させたものと認められるうえ、右〈1〉〈2〉の検面調書の供述(以下、「本件検面調書の供述」という)内容は、実際に経験した者でなければ到底語り得ない心情や事項が臨場感及び迫真性を持って供述されており、本件強盗殺人の犯意を認める部分を含め、全体として極めて信用性の高いものというべきである。

すなわち、本件捜査は、本件犯行前日及び当日の被告人の行動、特に犯行直前の被害者の様子や被告人の行動及び具体的犯行状況については、被害者が死亡し、他に目撃者や客観的証拠が全く存在しなかったことから、真相の解明は専ら被告人の供述に依拠せざるを得なかったところ、前叙のとおり、被告人は逮捕された二月一四日には、金を貸していた被害者がこれを返してくれなかったのでネクタイで首を絞めて殺した、殺した理由は、通帳と印鑑を取って被害者の金を引き出して使おうと思ったからである旨述べ、また、翌一五日、検察官の取り調べと裁判官の勾留質問においては、金や物を取るために殺したのではない、被害者には金を貸してあり、合計三〇〇万円になっている、被害者に付きまとわれ被害者がいなければよいという気持ちから殺した旨述べているが、実際は被告人が被害者に金を貸していたのではなく、逆に被告人が被害者から多額の借金をしていたというのが事実であり、また、被告人が被害者に付きまとわれていたという事実の存在しないことも関係証拠上明白であって、右は被告人が捜査官及び裁判官に対し明らかに虚偽を述べたものがそのまま調書に記載されたものである。他方、本件検面調書の供述において、検察官の被告人に対する、本件犯行前日被害者と会った当初から強盗殺人の計画を抱いていたのではないかとの質問に対し、被害者を殺害する気持ちになったのは、「当てにしていた借金をFさんに断られたからであり、その時に初めて考えたことでしたので本当に殺すしかないのかどうか迷いました。又殺そうと思っても道具を用意している訳でもありませんでしたのでどういうふうに殺したらいいのかも分かりませんでした。」と、被告人は具体的に理由を述べてこれを明確に否定したうえ、判示のとおり、強盗殺人の意思の下に被害者殺害に及んだ旨供述しているものであるが、これらの事実を考えると、本件における被告人の取り調べは、捜査官において被告人が任意に供述するところをそのまま調書にしたというべきであって、捜査官の予断や思い込みを被告人に押し付けて無理やり供述させたり、被告人が捜査官に迎合して供述したものではないと認められる。上申書についても、被告人自身公判廷において、捜査官から記載内容について特段の指示や要求はなかったと明確に述べている。なお、被告人は、公訴事実とほぼ同一の内容を初めて認めた二月二〇日付け上申書の作成動機につき、真実は被害者から借金していたのに、それまで同人に金を貸していたと嘘を言っていたことが明らかになったので、署長に機嫌を損ねられたくないとの気持ちから作成した旨供述するが、強盗殺人という極めて重大な罪について、その刑責を意に介さず、署長の意を迎えるためとの安易な気持ちから犯意を認める旨の上申書を作成するなどということは不自然この上なく、しかも、右上申書は取り調べ当初の段階のものではなく、前叙のとおり、被告人が一旦強盗殺人の犯意を否認した後、再度これを認めるという経緯を経てその作成に至っているのであって、被告人の述べるような安易な気持ちで作成に臨める場面でなかったことも自明であり、被告人の右弁解は措信できない。

また、本件検面調書には、前叙のとおり、借金を申込まれた被害者の態度を見た被告人が強盗殺人の犯意を抱くまでの気持ちの変遷、強盗殺人を決意した後の殺害行為に及ぶまでの心の逡巡や殺害方法を決めるまでの行動、殺害の具体的態様及び被害者の状況、被害者の死体を遺棄するまでの経緯等について、呻吟し、揺れ動く心情を吐露しながら詳細かつ具体的に述べた箇所が随所に認められ、臨場感及び切迫感溢れるものを看取できるが、これらの供述は現実にこれを経験した者でなければ到底語り得ない事項というべきであって、前叙捜査官の被告人に対する本件取り調べの姿勢、被告人の被害者からの借金の事実が判明し、被告人もこれを認める供述を始めた二月二〇日付けの上申書が作成された以降、被告人が一貫して判示のとおり強盗殺人の犯意の下に被害者を殺したことを認める旨の供述をしていることなどをも併せ考えると、本件検面調書の供述は、強盗殺人の嫌疑をかけられた被告人が、当初捜査官に対して罪責の軽減を意図してことさら虚偽の供述をしていたが、捜査が進展し、被告人の金銭的窮状や被害者から多額の借金をしている事実が明らかになったことから、被告人自身において、事実に反することを供述し続けることができなくなった結果、観念して真実を述べるに至ったものというべきであって、本件検面調書の供述は、その供述自体において、強盗殺人の意思の下に被害者殺害に及んだことを含め、全体として極めて信用性の高いものということができる。

また、被告人には、本件当時、本件検面調書において前叙被告人が供述しているように、強盗殺人の意思の下に被害者殺害に及んだことを首肯せしめるに充分な客観的事情ないし状況が存したものである。すなわち、関係証拠によれば、被告人は平成三年ころから頻繁に競馬に金を賭けるようになり、その資金を捻出するため、勤務先の三菱信託銀行五反田支店の内部的融資制度として設けられた「ローン五〇〇」から借り入れたほか、サラリーマン金融会社からの借入も始め、同四年三月末以降、右「ローン五〇〇」に対する累積債務額は融資限度額五〇〇万円のほぼ一杯まで達していたが、判示のとおり、同五年一月に被害者から一〇〇〇万円を借り、約七〇〇万円を右債務返済に充当したが、残金は競馬に費消し、その後も「ローン五〇〇」等からの借入金を競馬につぎ込むことを続けたため新たな債務を背負うところとなり、本件犯行当時、被告人は、勤務先銀行及びその共済会に対して毎月七万二六四〇円と「ローン五〇〇」の限度額を超えた一五万一五五三円、オリックスクレジットへの月々の返済として三万円の支払いを迫られており、三月にはこれに加えて共済会利息として八万九八九一円の支払が必要となるうえ、菱信DCカードからの二〇万五七八八円の借入も未返済であったが、これらは被告人の給料では到底賄いきれない金額であったことから、知人に借金の申し入れをしたがいずれも断られ、そのため本件犯行の前々日に質屋で六〇万円を用立てたが、これとても二月と三月を凌げるにすぎず、加えて、被害者に対する借金の月々の返済や五月には実姉への三〇〇万円の返済を約束しており、被害者から新たな借入をしなければ、被害者以外に対する債務の返済はもとより、被害者に対する借金の月々の返済も不可能という極めて追い込まれた状況にあったことが認められ、被告人が本件検面調書で述べているように、返済資金の捻出ができず、右被害者への借金の返済ができなくなれば、被害者からの借金の事実が被告人の勤務先の上司に暴露され、信用を重んじる銀行からは解雇され、身の破滅になると深刻に思い悩んだことについては合理的事情があったものというべきである。また、関係証拠によれば、被告人は、被害者が本件当時現金のほか三菱信託銀行等の預金通帳、印鑑、キャッシュカード等を持ち歩いていたことを知悉していたうえ、後述するとおり、被害者を殺害してその死体を遺棄する際にたまたま被害者の現金、預金通帳等に気付いたというよりは、遺棄した場所の手前で車を停めたうえ、被害者の死体から当然のように現金、預金通帳等、金銭あるいはこれを利用して金銭になるものを中心に奪い取り、預金通帳、印鑑等については自宅の鴨居に隠匿するなどしていることが認められ、前叙のとおり、金銭的に追い込まれ、被害者以外にも多額の債務を負っていた被告人が、本件検面調書で供述するように、被害者殺害に際し、その所持する現金、預金通帳等を強取するとの意思を有していたことについても何ら不自然、不合理な点は存しない。

ところで、被告人は前叙のとおり、第一回公判期日の公訴事実の認否において、強盗殺人を含む全事実を認めたうえ、裁判所に対する希望として早く裁判を終わらせてほしい旨述べており、また、第二回公判期日以降、右供述を覆して強盗殺人の犯意を否認し、第一回公判で全事実を認めたのは、第一回公判直前に妻と面会した際、妻から家族のことを考えて争わないで裁判を早期に終わらせてほしいと言われたためである旨述べ、妻も公判廷において、右被告人の供述に沿う証言をしているが、右のような事情が、前記第二回公判以降の被告人の供述の信用性を直ちに裏付けるものではないのみならず、第二回公判以降の被告人の供述中、特に本件犯行前日被害者と会い、長時間行動を共にすることになった経緯、被害者を殺害するに至った動機ないし目的等に関する部分は、供述自体全体とし不自然かつ不合理であって俄に信用し難いのみならず、関係証拠によって認められる当時の被告人の金銭的に追い詰められていた状況や被害者殺害後の被告人の具体的行動等の客観的事実とも相容れないものであって、到底措信できないというべきである。

すなわち、被告人は公判廷において、犯行前日被害者と会ったときに借金の申込をする意図はなく、被害者の転居先や就職先を紹介してから改めて金を借りようと思った、被害者をわざわざ蕨駅まで連れて行ったのは、その日二時間以上も待たせたので、寿司でもご馳走して謝罪しなければならないと思ったからである旨供述しているが、被告人も認めているように、被害者方を訪れた際、同人は特段機嫌を損ねていた様子はなく、しかも、同人を連れ出した後、その転居先や就職先について具体的に話をした形跡もなく(わずかに途中の戸田競艇場を案内しただけである)、専ら借用方の了解を得るために被害者を長時間連れ回し、行動を共にしていたことが明らかであって、右被告人の公判供述は到底措信できない。また、被告人は公判廷において、蕨駅前で被害者に借金を申し込んだが、同人が不機嫌になり口も利かなくなったため、同人が週明けにも勤務先に借金の事実を告げ口するのではないかと不安になり、その口封じのために殺害したもので、借金の返済を免れたり、同人の所持する現金、預金通帳等を奪うために殺害したものではない旨供述するが、被告人自身公判廷において認めているように、従前被害者から借金のことで勤務先に告げ口されるのではないかと懸念されるような口吻を示されたことが全くなかったうえ、被告人は、前叙のとおり、借金の返済資金に窮し、被害者以外に借りる当てもなくにっちもさっちもいかないほど追い込まれた状況にあり、しかも、被害者以外に対する債務の支払はもとより、被害者に対する毎月の支払についても同人からの新たな借入に頼らざるを得なかったことからすれば、被告人が公判廷で供述するように、被害者に対し、新たな借金の申込をし、これを拒否されたことから、勤務先に告げ口されることを恐れて口封じのみの目的で被害者殺害に及んだというのは、企図したことが殺人という重大行為であるだけにいかにも唐突かつ不自然といわざるを得ず、到底措信できない。特に、本件は、多額の借金をしていた被害者に対し新たな借金を申込み、これを拒絶されたことが直接の動機となって同人殺害を決意し実行したものであり、被害者からの右借金の事実を当然認識し、しかも同人に身寄りのないことについても知悉していたことを考えると、同人を殺害すればその借金の返済を免れるということの認識・認容があったものというべく、被告人が本件検面調書で詳述するように、犯行前日の被害者の態度からみて、早晩借金の事実が勤務先の銀行に暴露され、その返済が不可能である以上、信用を重んずる勤務先からは解雇され、ひいては身の破滅に至ることを恐れるとともに、身寄りのない被害者を殺害すれば誰にも知られずに被害者からの借金の返済を免れる意思の下に被害者殺害に及んだとみるのが合理的である。さらに、被告人は公判廷において、現金、預金通帳等を奪うために被害者を殺害したものではなく、殺害後、その死体を遺棄するときに邪魔になると考えて盗んだものであると供述するが、前叙のとおり、被告人は被害者が現金、預金通帳等を持ち歩いていることを知悉していたうえ、当時、被告人には被害者以外からも多額の借金があり、被害者からの借金を免れただけでは金銭的窮状は到底解消されない状況にあったこと、被告人は本件において、被害者の現金、預金通帳等を死体を遺棄する際にその場で取ったものではなく、その前にわざわざ車を停車させ、被害者の衣服のポケット等を探索して奪い取ったうえ、さらに車を移動させて死体を遺棄しているものであり、しかも現金については奪い取ったその場で自己のポケットに入れ、預金通帳、印鑑については車の後部座席に被害者の他の持ち物と一括してまとめて自宅に持ち帰ったうえ、鴨居に隠し、キャッシュカードについては自己のショルダーバッグ内に隠匿していたものであって、右は被害者殺害の当初から予定されて敢行された一連の行動と認められるのであって、右被告人の公判供述も措信できない。

以上の次第で、勤務先に借金の事実を暴露されることを恐れて被害者の口を封じるために殺害したものであり、同人に対する借金の返済を免れ、同人の所持する現金、預金通帳等を奪う目的で殺害したものではないとの被告人の公判供述は、その内容自体いかにも唐突、不自然であるのみならず、関係証拠によって認められる客観的事実とも相容れないものであって措信できないが、本件検面調書中の前叙供述は、その内容や供述経過に照らし極めて信用性が高いうえ、関係証拠によって認められる被告人の当時の金銭的窮状や犯行前日の行動等にも沿うものであって、これらを総合すると、判示のとおり、被告人が強盗殺人の意思の下に被害者殺害に至ったことを認めるに充分である。

所論は到底採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の行為は刑法二四〇条後段(二三六条)に、判示第二の行為は同法一九〇条にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、判示第一の罪について無期懲役刑を選択したので、同法四六条二項本文により他の刑を科さずに被告人を無期懲役に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件犯行は、競馬にのめり込んだ被告人が多額の借金を作り、一旦は被害者より一〇〇〇万円を借受けて右借金を清算したが、その後も多額の金を競馬に賭け続けて借金を重ね、遂に金銭に窮して再度被害者に借金を申し込んだところ、これを拒絶されたことから、判示のとおり、被害者を殺害し、現金、預金通帳等を奪ったうえ、遺体をオートレース場の駐車場に捨てたという誠に残忍な重大事案である。その殺害態様をみても、殺害を決意後、これを実行に移すため被害者に仮眠をとらせたうえ、車の助手席で寝込んで抵抗の術のない被害者に対し、同人のネクタイを用いて絞殺したというものであるが、殺害実行の過程で死んだと思った被害者の手足が僅かに動くのを認めて再度ネクタイで首を絞めてとどめを刺したという執拗かつ冷酷この上ないものである。また、犯行に至る経緯も、被告人がギャンブルに耽溺し、安易にカードローン等からの借入を繰り返して多額の負債を負ったことが唯一の原因となって強盗殺人という破局を迎えたものであり、しかも、被告人の述べる、一〇〇万でも二〇〇万でもあればあるだけ賭けるという言葉に象徴される、夫であり、二児の父親であり、一家の支柱である被告人にとって、あるいは被告人の収入からすれば到底考えられない、常軌を逸したといわざるを得ない賭け方を続けたものであって(現に、被害者から借り受けた一〇〇〇万円のうちの約三〇〇万円は僅か二日で競馬に費消してしまっている)、そこには被告人に期待されてしかるべき年齢相応の分別というものが全く見当たらず、犯行動機の点においても酌量の余地がない。この点について被告人は、競馬で儲けた金を土地・家屋のための融資金の支払いに充ててこれを早く返済したかったと言うが、競馬で融資の返済資金を捻出すること自体もとより無謀なことであり、また、右融資は被告人の勤務先銀行やその共済会からのもので、被告人自身認めるように、一般よりも緩和された返済条件であり、被告人の収入によって返済が充分可能なものと認められるのであって、むしろ、過去に飲酒等の遊興に絡んで相当額の借金を重ね、実姉からも数度にわたる援助を受けてようやくこれを切り抜けることができたという事実からも窺われるように、もっぱら被告人自身の享楽を好む性向・性癖から、まさに賭け事に耽溺したものというべきであって、ギャンブルによる浪費癖には抜き難い根深さが看取される。そして、前記のように、いったんは被害者からの借入によってカードローン等の負債の整理ができたにもかかわらず、これを立ち直りのきっかけとする気持ちもなく、なお性懲りもなく競馬を続けたことは、検察官の指摘するように、当初から被害者の財産を当てにしていたものといわれてもやむを得ない、厳しい非難に値する行動である。また、被害者が被告人の再度の借金の申込に応じなかったことは、以前に貸してある一〇〇〇万円の返済が未だ一五〇万円程度にすぎないことからすれば至極当然のことであり、本件においてはいかなる観点からみても被害者には何の落ち度も認められない。かえって、身寄りのない被害者は、銀行で親切に接してくれた被告人を唯一人頼りにしていた様子が窺われ(被告人は、被害者が死んだら葬式等の面倒をみる代わりにその遺産を譲り受けたい旨の申し出をし、被害者はこれを了解していたようである)、本件犯行直前も、被告人を信頼しきって車の助手席で寝込んでいたものであって、かかる被害者を、借金の申込を拒否したという被告人の誠に身勝手な理由を契機として絞殺し、あまつさえ降雪のあった後の深夜の駐車場にその遺体を捨てて立ち去ったという行為は、人の道に悖る、誠に背信的で酷い仕打ちといわなければならない。被告人自身も、被害者の境遇や生活状況は大略認識していたものと認められるが、報われることの必ずしも多くはなかったと思われる被害者の人生を併せ考えるとき、ここに深甚の同情を禁じ得ないとともに、被告人の本件刑事責任の重大さについて黙過することはできない。

以上、本件犯行がきわめて残忍かつ冷酷な重大事案であること、動機において被告人のギャンブルに耽溺した生活態度に起因する全く身勝手な犯行であって酌量の余地はなく、被害者に落ち度がないことなどを総合すると、本件が被告人の予想に反して被害者から借金の了解を得られなかったことから犯意を生じたものであって、当初からの計画に基づくものではないという意味では偶発的側面を有することを否定できないこと、殺害の方法として刃物等の凶器によって敢行されたものではないこと、被告人が被害者殺害を思い描いてからこれを敢行するまでにはおよそ六時間の経過があり、その間の逡巡は被告人の人間性の善良な一面の発露と認められること、被告人が現在では被害者殺害を強く悔いていること、近時の前科がないこと、職場での仕事ぶりも比較的真面目で、同僚からも頼りにされていたことなどを被告人に有利な事情として充分に斟酌しても、なお被告人の責任には極めて重いものがあり、無期懲役を科すことはやむを得ないところである(求刑無期懲役)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽渕清司 裁判官 小池洋吉 裁判官 大島淳司)

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